ぬいしゃべと、ぬいしゃべの感想を聞いて、民族音楽を思った
自分の言葉が少しずつ奪われているように感じる。言葉を奪われて苦しいと思っている人、退屈しているひと、が、本当はいるように感じることがある。
自分の言葉が少しずつ奪われているように感じる。言葉を奪われて苦しいと思っている人、退屈しているひと、が、本当はいるように感じることがある。
の中に頭を半分突っ込んだような形で、電車が緊急停車した。どうやら、一本先に走っていた電車が先の駅で人身事故を起こした。座席が半分埋まった自分のいる車両では、一時間くらいのあいだ、人々が閉じ込められた。アナウンスは陳謝し、乗客はうなだれている。蒸し暑い、旅の終わりで、鳥取からバスや新幹線を乗り継いで、横須賀まであとちょっとのところだった。ようやく最後尾のドアが開いて、夜の線路の上を乗客が一列になって歩き始めた。ゆっくり、無言で歩く人たちは、なんだか小さな罪を分け与えられたみたいだった。終電も終わって、みんな帰る手段がない。罪と同時に、試練も分け与えられたのか。
東京では中高を過ごして、酎ハイを飲んで友人と有栖川公園の池に飛び込むくらいがせいぜいの発散だった。なんだか、「ハテナ「?」」が多かった。スケボーはやっても乗れないといえばそうだし、あまり練習しなかった。でもこうして20代を終えてから関東に戻ってきて見回すと、魅力的な人が、点が線なかんじで、ほんとうは、いっぱいいる。気づいたら、みんな一生懸命やっている。そこが、すごくいい。横顔がいい人。そんなこと言ったらあさはかだけど、そんな風景が、本当に、高速で連鎖している。
これはきっと綺麗なものでしょう。何でも曇りなく伝達してしまう、つやつやで透明の粒子たち。この空気が、まちゆく人々の体を包み込んでいる。織物と織物のスキマに空気の層ができて、その中に熱がこもっては、ぽぽぽっと放出される。
開け放った鉄扉の奥に、暗闇があって、街灯がうっすら差し込んで 、中にいる数人をぼんやり照らしている。その人たちの目の前には、大きな絵。でも見えない。真っ暗なので、姿がない絵。そういうものを、見に来た。潮の匂いがした。なんかいい匂い、と思って身を任せた。自分だけが、この絵が血で描かれたことを知らなかった。このことをその辺の小説みたいに書くことを今やめた。
猫がみてる。恋だろうか。いつもより乱暴な姿勢で、鼻を押し付けたから、驚かしたかもしれない。冬が近づいているから、町の音がよく聞こえる。あなたのことを思ってるのに、世界がどんどん天かすのように揚がっていく。商店街を歩いている。商店街を歩くのが好きだったから、安心して歩こうと思う。けれども意識は天井のない空や、蓋のない地面のほうに吸い寄せられていく。はじめ、僕は何だったのか。思うでもなく、誰かに聞かれるでもなく、だらっと横たわった大きな問いに枯葉や潰れたギンナンを足で刷り込んでゆく。不機嫌な風に見えるけれども、本当はうわついている。15号線にタクシが飛ばす。感情のない車とギンナンのにおいが、これから起こる生々しい出来事を覚悟しろと言っている。朝は17歳夜は70歳。手が動かないのが嫌で、つい...
知らず知らず 汗をかいて 始まったんだ
十代がフラッシュバックするのはきっと週四日しか仕事がなかったり、実家でミニトマトを栽培したりするから。
天気があんまり晴れたから、悪口言ったりののしったりするのも忘れて、気持ちよく挨拶してしまった。