ことばのうぶ毛

2025年12月22日

新しいアルバムを作った。同い年のアーティスト、阿部海太君と共作で作った。コロナ禍か、収束してきた頃か、横須賀に引っ越してきて、これから何をしようかな、と、ぼんやりしていたころ、飯島商店で海太君の展示がやっていた。現代のひとでは、誰にも似ていない。キナリの布に、縮れた曲線を思いっきり乗せていた。京都で小さな店をやっていたころ、海太君の本が善行堂という本屋で平積みになっていたのを手に取って、そのまま買って、店でよく見ていた。そのことを、本人に伝えた。その本はkiteという自主レーベルのものだった。絵が光ってるよね、と賢いユリシーズの大濱君が言っていた。光ってる。そう思う。あの頃の自分もなんだかぼんやりしていた。そんな気がする。はじめて会った彼は、落ち着いていたし、なにか急いでもいた。わけのわからないエネルギーも放っていたし、つかれているようにも見えた。海太君の絵は生き物で、良いとか悪いとか、好きとか嫌いとか、そういうものさしからいっとき解放される感覚がある。ちかごろ言葉が出てこない。蛇口をひねって出るものじゃない。あきらめのような気持ちで、またぼんやりしてみる。不真面目。すると海太君から滝のように詩が送られてくる。彼の息子の、みずみずしい笑い顔が浮かんでくる。松本の、ギャラリーで、彼の詩を音楽にして歌う。道端では、本読みデモ。戦争を泣きながら言葉にしようとする人たち。勝手に流れてくる死体の動画。思わずツイッターをやめて、ぼんやりに自分を仕向ける。すがるように冬の庭に植木や草花を植える。枯れたものもあれば、夏の雨で二倍くらいになった木もある。アルバムに収録した曲も、今ではこなれてきた曲もあるし、まるっきり姿を変えてしまったものもある。もうすぐ真冬を迎えるのになんだか暖かい。水仙がきれいに咲いたから、次はきっと梅が咲く。

imanari tetsuo

 
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